新年のご挨拶、2025年の軌跡
- 作者の息子

- 1月2日
- 読了時間: 3分
2026年、新しい四半世紀が始まりました。

過ぎ去った2025年を想い起こせば、2025という年は、中尾家、そして銀河釉にとって忘れられない年になりました。
昨年のお正月は家族揃って迎えることができましたが、これが家族みんなで過ごす最後のお正月となりました。

旅立ってしまう前に、綺麗に焼き上がった銀河釉の結晶を見せたい
これでもう大丈夫だと、任せられると思ってもらえるようにしたい
そう思って焼いてきましたが、それは最後まで叶いませんでした。

1月の後半に、父・中尾哲彰が入院し、
最後まで病と闘い抜いた末、銀河を巡る永遠の冒険へ。
父の73年に渡る長い創造力の冒険は、
数々の希望の光を産み落とした末に、3月8日の星降る夜に幕を閉じました。

父が私に残した最後の言葉、
「もう少し一緒に夢を見たかったけどね」
自分の手で窯を焚き始め、父の読んできた本を読み始め、やっと色んなことを話せるようになってきたと思っていたのに、残された時間はあまりに短かった。涙も乾かないまま、翌月に開催される陶器市に向けて、そして、銀河釉の夢の続きを描くため、窯を焼く日々。

陶器市では、まだ一級品と呼べるものは多くないけれど、
ステンコーナーもお店の一角に誕生し、少し成長した器たちを並べました。
そして、代表作の数々を並べ中尾哲彰回顧展も開催しました。

一つの壁を乗り越えないうちに、もう一つの壁が立ち現れる。
釉薬の再現もまだ道半ばという中、もう一つの知らせ。
父が銀河釉専用のキャンバスとして、地元の土屋さんと研究を繰り返した末に辿り着いた「中尾」の名が付いた特別な土。銀河釉の歩みとともに、父の作陶を支えてきたその特別な土屋さんが、河川工事に伴う立ち退きで廃業されるとのことに..

父とともに一つの時代が終わっていくことに押し潰されそうになりながら、
それでも、可能性を探るために夏には釉薬だけでなく、全国各地から取り寄せた土を使って、沢山の実験をしてきました。

少しずつ実験するうちに、結晶自体が出る土の傾向は分かってきたものの、まだまだいつもの銀河釉の景色には遠く、思い通りの土には出会えていません。新しい土を探す旅は、2026年に続いていきます..

ただ、釉薬はちょっとずつ前に進んでおり、実験を経るごとにいろんな変化があり、秋の陶器市の頃には、父の作品と並べてもいいじゃないかと思えるような銀河釉が、少しずつ窯から生まれてくるように。
やっと今になって、見せれるものが出来た。
それらは今、父の仏壇に並んでいます。
「自分たち自身の色をもつこと」
それが次世代の私たちにとっての一つの目標。
ようやく少しずつ扱えるようになった銀河釉の基本5色を掛け合わせて、新しい色の銀河に挑戦しました。


ただ、今回生まれた淡い銀河たちは全て、これまでの銀河釉のレシピの掛け合わせで生まれたもの。なので、その先の未だ見ぬ全く新しい銀河のレシピを探して、これから新しい冒険の旅に出ようと思っています。
しかし、何よりも先に生命線の土の旅に。
これからの四半世紀は、次なる世代への継承とともに、新しい銀河釉の時代が始まっていくような気がしています。

2025年、中尾哲彰の時代から私たちの世代になっても沢山の応援をいただきありがとうございました。2026年も、銀河釉の旅を見守っていただけますと幸いです。



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