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p.77 「器の中の宇宙」

  • 執筆者の写真: 作者の息子
    作者の息子
  • 2 日前
  • 読了時間: 5分

今日は、少しだけ息子・真徳の話。


実は、私は現在大学院に通っている。

それも、京都の大学院なので、佐賀と行ったり来たり。


なんでこんなことになっているのかと言うと、

当時、父の病気やコロナ禍で焼き物の販売機会がなくなってしまったことがあって、

家計の負担のことも考え、大学院1年生の時に途中で休学して会社に入り働いていたから。

京都大学大学院 人間・環境学研究科に在籍中
京都大学大学院 人間・環境学研究科に在籍中

そして、去年3月父が亡くなり、介護という日常も突然消え、

自らの思想や想いを、一生涯を通して焼き物に込め続けた父との別れを通して、やっぱり私も学び直したいと思い、3年ぶりに復学したから。


(途中、介護状態の悪化により結局会社は辞めて、実家に戻って焼き物づくりも始めた。

ちなみに、コロナが理由で当時、なんとか遠く京都から実家の窯の手助けがしたいと、SNSやオンラインショップを始めたので、今となってはそのときの苦境のおかげで、多くの方々と出会うことができるようになったと感謝している)


HPは私の手作り、SNSの動画編集も
HPは私の手作り、SNSの動画編集も

しかし、大学院を途中で休んだのはネガティブな理由だけではない。


社会科学や哲学を研究していた父の影響もあってか、私も理想の働き方、労働のあり方、理想の労働ができる組織や社会のあり方を研究していた。


だけど、どうにも会社で働いたことのない自分にとっては、それが本当に社会に課題として存在してるのかも掴めない、机上の空論だった。


だから、途中働きに出ることにした。

父も「天職」について研究した社会学者マックス・ウェーバーを研究していた
父も「天職」について研究した社会学者マックス・ウェーバーを研究していた

今は、会社員での経験、焼き物を作るという経験を経て、また大学院で研究を再開している。しかし、ちょっとだけテーマは変わった。焼き物づくりを経て、ものづくり、芸術、美学といった領域を研究するようになった。


今は、修士論文に向けて悪戦苦闘中...


(実は、無事論文提出できたら、京都で最後に銀河釉の卒業制作展みたいなのをしたいと思っている..。もちろん、父やステン、母の作品も並べて)

隙間は、私が研究のため父の本棚から抜き取ったあと
隙間は、私が研究のため父の本棚から抜き取ったあと

そして先月、同じ研究室の後輩が、学生たち主体の機関誌発行する!ということになり、私も微力ながら、銀河釉との研究の関わりをテーマに文章にし、寄稿することになった。

『まほろば』創刊号
『まほろば』創刊号

ここからは、機関誌「まほろば」の小特集「失われた<伝統>を求めて」に掲載していただいた文章をそのまま転載。


興味があったら是非、機関誌も手元に取ってみてください!


器の中の宇宙 人間・環境学研究科 中尾真徳

 「壺中天」、それは壺の中にある別世界のことだという。中国、後漢に伝わる逸話から生まれた言葉とのことであるが、それが実際に今、器の中にあると言ったら笑われるだろうか。「銀河釉」、それは私が父から引き受け再現に取り組んでいる器に拡がる宇宙である。そこには、無数の星々が散りばめられ、この小さな手のひらの中に無限の拡がりを感じさせる。


 かつて、父である陶芸家・中尾哲彰は、若き日に網膜剥離を患い、一時視界を失った絶望の中で脳裏に差し込んだ”光”に救われた。そして、この暗闇を照らす夜空の星々をいつか器に宿すことで、同じように暗闇に苦しむ人々に希望の光を届けようとした。それが、彼が生涯をかけてこの釉薬に辿り着いた所以である。

 

 彼は陶芸家であると同時に、若き日々は学者を目指す青年だった。主な研究領域は、宗教社会学とマックス・ウェーバー。確かに彼の作品には、宗教を連想させるタイトルの作品が多い。そう考えると、あの日彼がみた光とは、”内なる光”だったのかも知れない。



 さて、小南一郎が「壺型の宇宙」にてまとめるところによると、先ほどの壺中天の話は次のような物語である。


 「汝南の市場の役人に費長房という者がいた 。 遠くからその市場にやってきた薬売りがいて、彼が売る薬はよく効くため大きな利益があがったが、薬売りはその儲けを貧しい人々に分け与えていた。費長房は、市場の楼の上から、その薬売りが夜になると店先にぶらさげられた壷の中に跳び込むのを見て、かれがただ者ではないのを知 った。それ以後費長房は薬売りの坐っている前を掃いたり食物を与えたりしてひたすら奉仕に勤めた。費長房の心を知ったその薬売りは、かれを神仙世界に案内する。..(中略)...果たして気がつかぬ内に壷の中に入っていた。入 ってみると、もうそれは壷ではなく、目に見えるのは神仙たちの宮殿の世界であって高殿や幾重もの門、渡り廊下や宮殿が立ち並び左右に侍者たち数十人が侍っていた。...(中略)...費長房はこののち壷公に従って修行をし、様々な〝神術′′を身につけた。」


 壺中之天は、こうして神仙世界を意味するものとして多くの詩人たちによって詠まれてきた。ただ、そこに拡がる世界というのは、父にとっては現実世界の行先に見える理想郷だったのだろう。「愛と自由のやさしい共同体」、この言葉は学問に耽った若き日から生涯口にしていた言葉だった。


 

 私は今、窯のある佐賀と大学院のある京都を行き来している。実家の工場では、土に向き合い、器の中の宇宙を探し求める。文字通り泥臭い仕事だが、この小さな器の中に無限の可能性を見ている。陶器市や展示会が終わり、ひとたび京都に戻れば本を開く。ここでは、父が探し求めていた理想郷の輪郭を探る旅が始まる。小さな壺の中に拡がる世界とは、どんな色をしていたのだろう。もしかすると、私も費長房と同じように、師が見た世界を見たいがために、壺の中の世界に飛び込んでいるのかも知れない。

 


機関誌の詳しい中身については、是非こちらの記事をご覧ください!

アイヌの足跡を巡って旅をした話や、

障害者がキャストとして働くフレンチレストランでの話、

パリへの留学での「遊学見聞録」など多様な話が詰まっています。


個人的には、「革命的であること」という寄稿文に「権力を持つ者に対して信念を曲げない」熱き日の父の後ろ姿を見た想いがして好きでした。


『まほろば』はこちらからオンラインでも購入できます!


いつか自分も、連載してみたい。

いや、まずは修論にやられず、この回顧録をちゃんと連載していきたい。


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